1800年代って出会い系サイトはあったの?ネット以前の「出会い」を調べてみた

恋愛の気づき

今では、スマートフォンがあれば自宅にいながら相手を探せる。

プロフィールを見る。

写真を見る。

気になる人にメッセージを送る。

やり取りが続けば、実際に会う約束をする。

現在では当たり前になった流れだが、ふと疑問に思った。

1800年代にも出会い系サイトはあったのだろうか?

もちろん、結論から言えば1800年代にインターネットの「出会い系サイト」は存在しない。

インターネットどころか、現在のようなコンピューターもスマートフォンもない時代だ。

ところが調べてみると面白い。

「知らない相手と何らかの媒体を使って出会う」という発想自体は、インターネットよりはるか昔から存在していた。

現代の出会い系サイトとは形が違うだけで、新聞広告や手紙などを使って相手を探す人たちがいたのである。

1800年代に出会い系サイトはない

まず、ここははっきり分けておきたい。

1800年代とは1800年から1899年まで。

この時代に、現在われわれが考える意味での出会い系サイトは存在しない。

ウェブサイトを開いてプロフィールを検索したり、その場でメッセージを交換したりすることはできなかった。

インターネット上のパーソナル広告が登場していくのは、ずっと後の1990年代だ。Smithsonianの解説でも、パーソナル広告は1990年代のインターネット・デーティングの登場によってオンラインへ移行していったと説明されている。

だから、

1800年代の出会い系サイト=存在しない。

これが答えになる。

しかし、ここで終わるとあまり面白くない。

「出会い系」の原型ならもっと昔からあった

驚いたのは、新聞などに自分の情報を載せて結婚相手を探す「パーソナル広告」の歴史だ。

Smithsonianによれば、知られている初期のパーソナル広告は1692年のイギリスの新聞までさかのぼり、1710年にはロンドンの主要新聞でこうした広告が掲載されていたという。初期には結婚相手探しが大きな目的だった。

つまり1800年代より100年以上前から、

「自分はこういう人間です。相手を探しています」

という情報を媒体に掲載する仕組みが存在していたことになる。

これを知ると、現代のマッチングアプリが突然生まれたものではないことが分かる。

媒体が新聞からインターネット、そしてスマートフォンへ変化してきたとも考えられる。

1800年代版プロフィールは新聞広告?

現代ならプロフィール欄に年齢、仕事、趣味などを書く。

1800年代なら、それに近い役割を新聞の個人広告が担う場合があった。

もちろん、現代のアプリのプロフィールとまったく同じではない。

社会制度も結婚観も違うため、単純に比較することはできない。

それでも、

自分について書く。

相手に求める条件を書く。

それを知らない人が読む。

興味を持った人から反応がある。

という構造だけを見ると、現代の出会い系サービスと似ている。

違うのは画面ではなく紙だということだ。

アメリカ西部では新聞で結婚相手を探す人もいた

19世紀のアメリカ西部では、さらに分かりやすい例がある。

ゴールドラッシュなどによって西部へ多くの男性が移動すると、地域によって男女比が大きく偏った。

そこで新聞に結婚相手を求める広告を掲載したり、広告を見た女性と手紙でやり取りしたりするケースがあった。結婚広告を専門的に扱う出版物まで登場したという。

現代の感覚で考えると興味深い。

まず広告を見る。

気になる相手を知る。

その後、手紙で交流する。

そして関係が進めば結婚を考える。

スマホなら数秒でメッセージを送れるが、当時は手紙である。

返事が来るまでにも時間がかかったはずだ。

返信速度がまるで違う

現代の出会い系では、

「既読になったのに返信がない」

「3時間返事がない」

「昨日送ったのにまだ返信されない」

など、返信速度を気にすることがある。

1800年代だったらどうだろう。

手紙を送る。

相手のところまで届く。

相手が読む。

返事を書く。

それが再び自分のところまで運ばれる。

現在のような即時性はない。

数分単位で相手の反応を確認するような恋愛とは、時間感覚そのものが違ったはずだ。

現代は相手とつながりやすくなった一方で、つながりやすいからこそ返信の速さまで気になるようになったとも考えられる。

写真も今ほど簡単ではない

現在ならプロフィール写真を何枚も掲載できる。

顔。

全身。

旅行。

食事。

趣味。

写真からかなりの情報を得られる。

しかし19世紀では写真そのものが新しい技術だった。1830年代以降に写真技術が登場し、19世紀には人物写真も広がっていったが、現在のように誰もがスマホで何十枚も撮影して即送信できる環境ではない。19世紀後半には写真入りの名刺のようなカードも普及した。

そのため、相手を知るうえで文章や手紙が今以上に重要だったと考えると面白い。

19世紀には「フラーテーションカード」もあった

さらに面白いものを見つけた。

19世紀後半のアメリカには、異性に渡す小さな「flirtation card(フラーテーションカード)」と呼ばれるものがあった。

厳格な社交ルールが存在する中で、男性が女性に散歩などを誘うため、短いメッセージを書いたカードを渡すことがあったという。

現代で考えれば、

「よかったら連絡してください」

と連絡先を渡す感覚に少し近いかもしれない。

もちろん文化も意味も違うので、現代のマッチングアプリと同一視することはできない。

ただ、

知らない人とどうやって接点を作るか

という問題は昔の人にもあったことが分かる。

1800年代にも「プロフィールを盛る」はあった?

現代の出会い系では、プロフィールをどこまで信用するかという問題がある。

写真が実物より良く見える。

年齢や仕事などの情報が正確なのか分からない。

自己紹介では当然、自分の良いところを中心に書く。

これはネット特有の問題のように思える。

しかしパーソナル広告についての研究を見ると、後世の新聞広告でも、広告主の自己申告が十分に検証されないことがあり、自分をよく見せる表現が使われていたことが分かる。

媒体が紙でもネットでも、

人は自分を少しでも魅力的に見せたい。

この部分は意外と変わらないのかもしれない。

最大の違いは「検索できる人数」

現代の出会い系サイトやマッチングアプリの強さは、候補となる相手の多さにある。

条件を設定する。

プロフィールを見る。

次を見る。

さらに次を見る。

短時間で多くの人を比較できる。

1800年代の新聞広告では、当然そこまで自由にはできない。

情報量も少ない。

連絡にも時間がかかる。

住んでいる場所の距離も大きな問題になる。

だから現在のサービスは、単純に昔の新聞広告を電子化しただけではない。

出会える可能性のある人を探す速度と範囲を一気に拡大した仕組み

とも言える。

それでも基本構造は意外と似ている

1800年代と2020年代。

生活環境はまったく違う。

新聞とスマートフォン。

手紙とチャット。

数日、数週間かかる連絡と、数秒で届くメッセージ。

それでも根本部分だけを見ると似ている。

自分の存在を相手に知らせる。

自分について説明する。

相手を探す。

興味を持った相手と連絡する。

そして実際に関係を作る。

技術が変わっても、

「普段の生活だけでは出会えない相手と出会いたい」

という需要そのものは昔からあったのだろう。

1800年代の人がスマホを見たら驚くだろう

もし1880年代の人に現代のマッチングアプリを見せたらどう感じるだろう。

小さな端末の中に大量のプロフィールが表示される。

写真もある。

離れた場所の人ともすぐに連絡できる。

メッセージはほぼ瞬時に届く。

当時の新聞広告や手紙を使って相手を探していた人からすれば、とんでもない技術に見えるはずだ。

でも説明するとき、

「これは結婚や交際を希望する人が自分の情報を載せて、興味を持った人と連絡する仕組みです」

と言えば、基本的な考え方は理解してもらえるかもしれない。

そこが面白い。

まとめ

1800年代に出会い系サイトはあったのか。

答えは、

サイトはなかった。でも、知らない相手を媒体を通じて探す仕組みはすでにあった。

ということになる。

新聞の個人広告。

結婚相手募集。

手紙による交流。

19世紀後半のフラーテーションカード。

方法は現代とはまったく違う。

しかし、「自分の普段の人間関係だけでは出会えない人を探したい」という発想は、インターネットが生まれるはるか以前から存在していた。

そう考えると、現代の出会い系サイトやマッチングアプリは、人間の出会い方をゼロから発明したものではないのかもしれない。

昔からあった「誰かと出会いたい」という仕組みを、新聞からネット、そしてスマートフォンへ移したもの。

1800年代には出会い系サイトはなかった。

でも、その原型のような文化をたどってみると、現在のマッチングアプリまで一本の線でつながっているように見えてくる。

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