彼女のおっぱい|好きな時に吸ったり揉んだりできる恋人関係になって感じたこと

大人の恋愛

出会い系サイトを利用していた頃、私が最初に考えていたのは単純だった。

「女性と実際に会えるのだろうか?」

プロフィールを見る。

メッセージを送る。

返信を待つ。

LINEを交換する。

そして待ち合わせをする。

最初のうちは、一人の女性と実際に会えるだけでも大きな出来事だった。

ところが、出会いを重ねていくと、その先を経験することもある。

何度も会う。

LINEが毎日のように続く。

お互いに好意を持つ。

そして、いつしか恋人になる。

私にも、そんな女性がいた。

恋人になると、それまでとは二人の距離がまったく違う。

手をつなぐ。

抱きしめる。

キスをする。

そして、お互いが求めているときには、彼女の胸に触れたり、胸元に顔を寄せたりするような、とても親密なスキンシップも自然に生まれるようになった。

当時の私は、それがとても新鮮だった。

出会ったばかりの頃には考えられなかった

初めて会った日は、当然ながら距離がある。

目の前にいるのは、少し前までプロフィール画面の中にいた女性だ。

何を話そう。

沈黙したらどうしよう。

相手は自分をどう思っているのだろう。

そんなことを考えながら話していた。

だから、その女性が後になって自分の彼女になり、身体的にも非常に近い存在になるとは、最初の段階では想像できなかった。

これが出会いの不思議なところだと思う。

昨日まで知らなかった二人でも、時間を重ねれば関係は変わる。

2回目、3回目になると空気が変わった

初デートが終わった。

その日の夜にLINEをする。

「今日はありがとう」

「楽しかった」

そんなやり取りが続いた。

そして2回目の約束をする。

一度会っているから、2回目は最初ほど緊張しない。

3回目になると、さらに自然になる。

話す内容も少しずつ深くなる。

仕事のこと。

昔の恋愛。

家族。

休日の過ごし方。

将来について。

こうした話をしているうちに、相手が単なる「出会い系で知り合った女性」ではなくなっていった。

恋人になったら身体的な距離も変わった

交際するようになって分かりやすく変わったのがスキンシップだった。

最初は手をつなぐだけでも意識していた。

しかし恋人になると、それが自然になる。

隣に座る。

肩が触れる。

ハグする。

キスする。

そして二人の関係がさらに親密になると、胸に触れるようなスキンシップも生まれた。

私にとって彼女のおっぱいは、単純に女性の身体の一部分というだけではなかった。

好きな女性とここまで距離が近くなったんだ。

そんな実感につながっていた。

「彼女のおっぱい」という特別感

若い頃から男性として女性の胸に興味がなかったと言えば嘘になる。

しかし実際に恋人ができると、少し意味が違った。

写真でもない。

動画でもない。

知らない女性でもない。

自分が何度もLINEをして、何度も会って、好きになった彼女だった。

その女性と安心して身体を寄せ合える。

そのこと自体が特別だった。

彼女のおっぱいが好きだったというより、彼女自身が好きだから、その身体も含めて好きだったというほうが近いのかもしれない。

好きな時に触れ合えると思っていた

交際したばかりの頃は、

「恋人になったんだから、好きな時にスキンシップできる」

という感覚も少しあった。

付き合う前とは明らかに違うからだ。

二人きりでいる。

自然に抱き合う。

キスする。

親密に触れ合う。

そういう時間が増える。

それがうれしかった。

ただ、付き合いが続くと、「好きな時に」という表現は少し違うことにも気づいた。

本当は「二人ともそうしたい時」

恋人になったからといって、相手の気分が毎日同じとは限らない。

仕事で疲れている日もある。

眠い日もある。

何となく一人でいたい日もある。

逆に彼女のほうから甘えてくる日もある。

だから恋人同士のスキンシップは、

自分が好きな時にするものではなく、二人とも自然にそうしたい時にするもの

なのだと思うようになった。

これはかなり大きな違いだった。

彼女から近づいてくるとうれしかった

自分から触れ合うだけではなかった。

彼女から近づいてきてくれることもある。

隣に座る。

肩を寄せる。

腕を組む。

ハグしてくる。

そういう瞬間はかなりうれしかった。

なぜなら、こちらだけが彼女を求めているわけではないと感じられるからだ。

お互いが相手の近くにいたい。

その感覚が恋人らしさなのだと思う。

おっぱいだけがスキンシップではなかった

タイトルでは「彼女のおっぱい」と書いた。

確かに胸に触れられるほど親密になったことは、当時の私にとって印象的だった。

しかし実際の恋人生活を思い出すと、それ以外の時間のほうが圧倒的に長い。

手をつなぐ。

キスする。

隣に座る。

一緒にご飯を食べる。

テレビを見る。

くだらない話をする。

LINEする。

何もしないで一緒にいる。

こういう普通の時間がある。

身体的なスキンシップは、その関係の中の一部分だった。

一緒にいるだけで満足する夜もあった

恋人同士だからといって、会うたびに特別なことをする必要はない。

食事して終わる日もある。

疲れていて、ただ隣で休んでいるだけの日もある。

それでも不思議と落ち着く。

出会い系を利用し始めた頃には、こういう感覚は分からなかった。

当時は、

「会えるか」

「付き合えるか」

と結果ばかり考えていた。

でも交際すると、結果ではなく日常になる。

身体の距離と心の距離は同じではない

身体的に親密になれば、二人の関係が完成するわけでもない。

ここも実際に付き合ってみて分かった。

どれだけスキンシップがあっても、会話がなくなれば寂しい。

相手が何を考えているのか分からなくなることもある。

LINEの返信が遅くなれば気になる。

ちょっとした言葉でケンカすることもある。

つまり、

身体が近いことと、心が近いことは完全に同じではない。

両方が自然に近づいていく関係が一番楽なのだと思う。

「彼女だから何をしてもいい」ではない

恋人になると、距離が近いことが当たり前になってくる。

だからこそ忘れやすいこともある。

彼女は彼女で、一人の人間だ。

恋人になったからといって、相手の身体が自分のものになるわけではない。

相手がうれしそうなら続ける。

嫌そうならやめる。

今日はそういう気分ではないと言われたら尊重する。

恋人同士だからこそ、こういう距離感が大切なのだと思う。

出会い系で本当に欲しかったもの

出会い系を始めた頃の私は、とにかく女性と会うことを考えていた。

でも、その先まで経験してみると少し変わった。

本当に欲しかったのは、

女性と一度会うことだけではなかったのかもしれない。

また会いたいと思える。

相手もまた会いたいと思ってくれる。

LINEが続く。

一緒にいると落ち着く。

そして自然に触れ合える。

そんな関係だった。

会えた人数では分からないもの

出会い系の口コミでは、

「何人と会えた」

という数字が分かりやすい。

10人。

50人。

100人。

数字が大きければ成功しているようにも見える。

でも恋人との関係を経験すると、一人の女性と長く過ごすことは、単純な人数とはまったく別の体験だと思った。

一度会った女性100人と、何度も会った一人の彼女。

どちらが上という話ではない。

ただ、経験の種類が違う。

彼女のおっぱいを思い出して考えること

タイトルだけを見ると、かなり単純な話に見えるかもしれない。

「彼女のおっぱいが好きだった」

それは確かにそうだった。

好きな女性と親密に触れ合えることはうれしかった。

でも今になって思い出すのは、それだけではない。

初めて会った日の緊張。

LINEが来た時のうれしさ。

次のデートを決めた時。

隣に座った時。

何でもない話をして笑った時。

そうした積み重ねの先に、恋人同士のスキンシップがあった。

最後に

彼女ができて、好きな女性とかなり近い距離で過ごせるようになった。

ハグする。

キスする。

そして、お互いが望む時には胸に触れるような親密なスキンシップも楽しむ。

出会い系を始めたばかりの頃の私なら、それだけで「すごいことだ」と思っただろう。

実際、うれしかった。

でも後になって分かった。

一番大きかったのは、彼女のおっぱいに触れられたことそのものではない。

そこまで自然に触れ合えるほど、一人の女性との距離が近くなったことだった。

最初はプロフィール画面の中にいた知らない女性。

そこからメッセージを重ね、実際に会い、また会い、恋人になった。

その過程があったからこそ、スキンシップにも意味があった。

出会い系サイトは、あくまで出会うための入口だった。

その先で二人がどんな関係になるかは、サイトでは決まらない。

「会えた」から「安心して触れ合える恋人になった」。

彼女のおっぱいについて思い出すとき、私が本当に覚えているのは、そんな二人の距離の変化なのだと思う。

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