湘南新宿ラインで約20駅、前橋駅まで来てくれた女性に心を奪われた|出会い系で忘れられない待ち合わせ

恋愛の気づき

出会い系サイトを長く使っていると、いろいろな女性と知り合う。

メッセージだけで終わった人。

会う約束までしたのに実現しなかった人。

一度だけ会った人。

何度か会った人。

時間がたつと細かな会話は忘れてしまう。

それでも、なぜかずっと記憶に残っている女性がいる。

私の場合、その一人が東京方面から前橋駅まで来てくれた女性だった。

湘南新宿ラインなどを乗り継いで、約20駅。

時間にすればかなり長い。

私はその移動を考えただけで、心を奪われてしまった。

今回は「遠くから会いに来てくれた」という行動が、なぜこれほど自分の中に残ったのかを書いてみたい。

出会い系では「本当に来るのかな」と思うことがある

出会い系サイトで会う約束をしたからといって、必ず会えるわけではない。

これは長く使っていると分かってくる。

前日まで普通にメッセージしていたのに連絡が途絶える。

当日になってキャンセルされる。

待ち合わせ直前に返信がなくなる。

もちろん事情があって予定が変わることもある。

だから私は、会う約束が成立しても、

「本当に会えるのかな」

と少し考えてしまうことがある。

特に相手が遠方ならなおさらだ。

近所のカフェまで来てもらうのとは違う。

電車へ乗り、長い時間をかけて移動しなければならない。

その女性は、それでも前橋まで来てくれた。

新宿から前橋は「ちょっとそこまで」ではない

東京から群馬へ行ったことがある人なら分かると思う。

新宿から前橋は、気軽に一駅、二駅乗るような距離ではない。

湘南新宿ラインなどを利用して北へ向かう。

埼玉県を通る。

さらに群馬県へ入る。

高崎方面まで来て、そこから前橋へ。

利用する列車によって停車駅数や乗り換えは変わるが、私の感覚では約20駅を移動して会いに来てくれたという印象だった。

駅名を一つずつ考えると、さらに遠く感じる。

一駅。

また一駅。

まだ埼玉。

そして群馬。

そこまでして自分に会いに来る。

私はその事実がうれしかった。

電車の中にいた時間まで想像してしまった

前橋駅で会えば、目の前にいるのは一人の女性だ。

でも私は、その女性がそこへ来るまでの時間まで考えてしまった。

朝、あるいは昼に準備する。

服を選ぶ。

家を出る。

駅へ向かう。

電車を待つ。

新宿方面から湘南新宿ラインに乗る。

座れたのか。

混んでいたのか。

途中でスマートフォンを見ていたのか。

「まだ遠いな」と思ったのか。

そんなことまで想像した。

私は前橋で待っている。

しかし相手は、その前に長い移動時間を使っている。

人に会うために使った時間は、その人に対して差し出した時間でもある。

そう考えたら、一気に特別な出来事に感じた。

「会いたい」は言葉より行動に出ることがある

出会い系では、メッセージでいろいろな言葉を交わす。

「会いたいですね」

「楽しみにしています」

「今度行きましょう」

そう言うこと自体は難しくない。

私だって言える。

でも実際に行動するとなると違う。

予定を空ける。

身支度をする。

交通費を使う。

電車に乗る。

長時間移動する。

そして約束した場所まで行く。

この一連の行動は、メッセージ一通よりずっと重い。

だから私は、前橋駅まで来てくれたという事実に弱かった。

「会いたい」と言われるより、

本当に来てくれた。

そのほうが心に響いた。

前橋駅で姿を見た瞬間

待ち合わせというのは不思議だ。

来ると分かっていても、実際に相手の姿を見つけると少し緊張する。

改札から人が出てくる。

その中から相手を探す。

「あの人かな?」

違う。

そして本人を見つける。

この瞬間は、何度経験しても独特だ。

特に今回の女性については、

「本当に東京方面からここまで来てくれたんだ」

という気持ちがあった。

画面の中でやり取りしていた女性が、目の前にいる。

しかも前橋にいる。

その事実だけで、いつもの待ち合わせとは少し違って感じた。

美人だから心を奪われた、だけではなかった

もちろん恋愛なので、外見や雰囲気もある。

話していて楽しいかどうかも重要だ。

でも私が強く覚えているのは、

「遠くから来てくれた」

ということだ。

もし同じ女性と近所で会っていたら、同じ気持ちになっただろうか。

それは分からない。

わざわざ時間をかけて来てくれたという事実が、その女性の印象をさらに大きくしたのは間違いないと思う。

距離は好意の証明とは限らない

ただし、ここは冷静に考えたい。

遠くから来てくれたから、

「絶対に自分のことが好きだ」

と決めつけることはできない。

会ってみたかっただけかもしれない。

群馬へ行くこと自体に抵抗がなかったのかもしれない。

移動が好きだった可能性もある。

人の気持ちは本人にしか分からない。

だから、

移動距離=愛情の大きさ

という単純な計算はできない。

それでも、時間と労力を使って会いに来てくれたこと自体は事実として残る。

私はそこに価値を感じた。

出会い系でも本当に人と人が会う

「出会い系」という言葉だけを見ると、画面の中の世界のように感じることがある。

プロフィール写真。

年齢。

地域。

メッセージ。

いいね。

返信。

最初は全部データだ。

でも、その先には実際の人間がいる。

相手が電車に乗ってやって来る。

駅で会う。

一緒に歩く。

話す。

笑う。

そこで初めて、

「この人は本当に存在するんだ」

という当たり前のことを実感する。

私にとって前橋駅での待ち合わせは、それを強く感じた出来事だった。

今なら自分から会いに行くことも考える

この経験を振り返ると、一つ反省もある。

相手に長い距離を移動してもらうのは、それだけ負担がある。

当時は来てくれたことが純粋にうれしかった。

しかし今なら、

「中間地点で会おうか」

「今度はこちらから行こうか」

と考えることも大切だと思う。

片方だけが毎回長距離を移動していたら、関係を続けるのは疲れる。

恋愛では、

会いに来てもらう喜びと、こちらから会いに行く姿勢の両方

が必要なのだろう。

何年たっても「来てくれた」は残る

人間の記憶は不思議だ。

その日に何を食べたか。

何時に待ち合わせたか。

どんな細かな会話をしたか。

そういうことは時間とともに薄れていく。

しかし、

「あの女性は遠くから前橋まで来てくれた」

という記憶は残る。

だから私は今でも、この出来事を思い出す。

距離そのものではないのかもしれない。

自分のために使ってくれた時間。

移動してくれた労力。

本当に待ち合わせ場所へ現れてくれたこと。

それらが全部まとまって、特別な記憶になっている。

まとめ|約20駅の距離より「来てくれた」という事実に心を奪われた

出会い系サイトで知り合った女性が、東京方面から前橋駅まで来てくれた。

湘南新宿ラインなどを乗り継ぎ、私の感覚では約20駅。

決して近い距離ではなかった。

だから私は、その女性に心を奪われた。

単純に遠くから来たからではない。

その移動のために時間を使ったこと。

電車に乗ったこと。

約束を実際に行動へ変えたこと。

そして前橋駅に本当に現れたこと。

それがうれしかったのだと思う。

出会い系ではプロフィールやメッセージばかりに目が行く。

でも人を好きになるきっかけは、案外もっと単純なのかもしれない。

「会いたい」と言ってくれたことより、本当に会いに来てくれたこと。

私は、その行動に心を奪われた。

今でも前橋駅という言葉を聞くと、その女性が長い距離を移動して来てくれた日のことを思い出す。

私にとっては、ただの約20駅ではなかった。

その一駅一駅が、彼女を特別な存在に変えていったように思う。

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