出会い系サイトを長く使っていると、ときどき不思議な感覚になることがある。
サイトの中でメッセージをしているときの相手と、実際に会って話しているときの相手。そして、その女性が普段送っているであろう日常生活。
この三つの間に、かなり大きなギャップを感じることがあるのだ。
もちろん、すべての女性がそうだという話ではない。
あくまで自分が出会い系サイトを使ってきた中で感じたことだ。
普通に会社で働いている人。
医療関係の仕事をしている人。
家庭を持っている人。
毎朝電車に乗って職場へ向かっている人。
昼休みに同僚とご飯を食べて、夕方になればスーパーへ寄って帰宅する。
そんな、ごく普通の日常を送っているように見える人が、夜になると出会い系サイトを開いている。
そのギャップが、今でも少し不思議に感じる。
昼間に会ったら「普通の人」
実際に待ち合わせ場所へ行ってみる。
すると当然なのだが、そこにいるのは普通の女性だ。
派手な服を着ているわけでもない。
見るからに「出会い系サイトを使っています」という雰囲気があるわけでもない。
カフェで隣の席に座っていたとしても、おそらく何も気づかない。
これは当たり前といえば当たり前なのだが、初めて出会い系を利用したころの自分には少し意外だった。
ネットの中にいる人と現実世界にいる人を、無意識に別の存在のように考えていたのかもしれない。
しかし実際には同じ人だ。
サイトを閉じれば、普通の日常へ戻っていく。
サイトの中だけで見える別の顔
一方、メッセージでは少し違う。
普段の生活では人に言わないようなことを書いてくる女性もいる。
「最近寂しい」
「誰かと話したい」
「仕事ばかりでつまらない」
そんな気持ちを打ち明けられることもあった。
これは出会い系だから特別なのではなく、匿名性の高い場所だから言いやすいのだと思う。
会社の同僚には言えない。
友達にも言いにくい。
家族にはもっと言えない。
しかし、まだ会ったこともない相手だからこそ言えることがある。
そう考えると、出会い系サイトは単なる「男女が会う場所」だけではないのかもしれない。
日常生活では出せない自分を、少しだけ外へ出す場所。
そんな役割もあるように感じる。
昼と夜で印象が変わることもある
昼間は仕事をしている。
職場では真面目に働いている。
上司や同僚と普通に話している。
ところが夜、一人になった瞬間にスマートフォンを開く。
そこには普段とは違う世界がある。
プロフィールを見る。
メッセージを読む。
知らない男性と話す。
気が合えば会う約束をする。
考えてみれば、かなり大きな切り替えだ。
自分自身も出会い系サイトを使っているのだから、これは女性だけの話ではない。
男性側にも同じことがある。
仕事中の自分と、出会いを探しているときの自分。
どちらも同じ自分なのに、行動はかなり違う。
「非日常」を求めているのかもしれない
なぜ人は出会い系サイトを開くのだろう。
恋人が欲しい人もいる。
結婚相手を探している人もいる。
単純に誰かと食事へ行きたい人もいる。
寂しいから話し相手が欲しい人もいるだろう。
目的は人それぞれだ。
ただ、その根底に、
「いつもの生活とは少し違うことが起きてほしい」
という気持ちがある人もいるのではないかと思う。
毎日同じ時間に起きる。
同じ電車に乗る。
同じ会社へ行く。
仕事をする。
帰宅する。
寝る。
そして翌日も同じことを繰り返す。
そんな生活の中へ、知らない誰かからメッセージが届く。
「今度、ご飯でも行きませんか?」
たったそれだけで、予定のなかった土曜日に一つイベントが生まれる。
これだけでも日常から少し外へ出られる。
会った瞬間、非日常が現実になる
メッセージだけなら、まだネットの世界だ。
しかし待ち合わせをすると状況が変わる。
駅前で待つ。
「着きました」
というメッセージが届く。
少しして女性が歩いてくる。
その瞬間までスマートフォンの中にいた人物が、突然、現実の人になる。
これは何度経験しても独特だ。
最初は緊張する。
写真と同じかな。
何を話そう。
相手も同じように緊張しているかもしれない。
ところがカフェに入って30分くらい話していると、だんだん普通になる。
仕事の話。
住んでいる街の話。
好きな食べ物。
休日の過ごし方。
結局、話している内容は日常そのものだったりする。
非日常を求めて会ったはずなのに、そこで話すのは普通の生活の話。
これも面白いところだ。
「大胆な人」と決めつけないほうがいい
出会い系サイトを利用しているというだけで、その女性を特別なタイプだと思うのは違うと思う。
サイト内では積極的でも、会ってみたら非常に慎重な人もいる。
逆にメッセージではおとなしかったのに、会うとよく話す人もいる。
ネット上のプロフィールだけでは、その人全部は分からない。
これはかなり重要だった。
特に出会い系サイトでは、
「この文章を書いているからこういう人だろう」
と想像しやすい。
しかし、その想像が外れることは普通にある。
だからプロフィールやメッセージから相手を決めつけないほうがいい。
非日常だからこそ慎重さも必要
日常から離れた感覚になると、普段ならしない判断をしてしまうこともある。
だからこそ安全面は忘れないほうがいい。
初対面なら人の多い場所で会う。
相手が嫌がることを強要しない。
お金の話が急に出てきたら慎重になる。
怪しいURLや投資、副業などへ誘導されたら距離を取る。
個人情報も最初から必要以上に教えない。
そして、少しでも違和感があれば会わないという選択をする。
非日常を楽しむことと、警戒心をなくすことは別だ。
これは長く利用するほど大切だと感じる。
女性だけではなく、自分にもギャップがある
この記事を書きながら気づいた。
「出会い系サイトの女性は日常と非日常のギャップが大きい」
と思っていたけれど、自分だって同じなのだ。
普通に仕事をしている自分。
スーパーで買い物をしている自分。
電車に乗っている自分。
家で一人でご飯を食べている自分。
そして出会い系サイトを開いて、知らない女性とメッセージをしている自分。
全部同じ人間だ。
街を歩いている人たちにも、それぞれ他人からは見えない世界があるのだろう。
そう考えると、出会い系サイトだけが特殊なのではない。
ネットによって、今まで表に出なかった人間の一面が見えやすくなっただけなのかもしれない。
出会い系サイトで見えた「普通の人」の別世界
長く利用してきて印象に残っているのは、派手な出来事だけではない。
むしろ、
「こんな普通に見える人も出会いを探しているんだ」
という発見だった。
昼間は仕事をしている。
帰れば日常がある。
でも、ときどき誰かと話したくなる。
新しい人に会いたくなる。
少しだけいつもの生活から外へ出たくなる。
その気持ちは、男女でそれほど違わないのかもしれない。
出会い系サイトの向こう側にいるのも、結局は普通に生活している一人の人間だ。
だからこそ、相手をプロフィールだけで決めつけず、期待しすぎず、警戒心も忘れず、一人の人として接する。
自分が長く使ってきて最後に残ったのは、そんな当たり前の感覚だった。
日常と非日常のギャップが大きく見えるからこそ、その両方が同じ人の一部なのだと思って接する。
それが、出会い系サイトで人と会うときに意外と大切なことなのかもしれない。


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