わたしは50歳位になり、出会い系サイトをしなくなりました。

恋愛の気づき

昔は、かなり見ていた

昔は、
出会い系サイトをかなり見ていた。

ハッピーメール。

Pairs。

マリッシュ。

Youbride。

タップル。

いろんなアプリを触った。

メッセージもした。

待ち合わせもした。

会えた日もある。

会えなかった日もある。

LINEブロックされたこともある。

逆に、
深夜までずっと話した夜もあった。

あの頃は、
「誰かと繋がりたい」
という気持ちが、
かなり強かったんだと思う。

出会い系って、“恋愛”だけじゃない

今思う。

出会い系って、
単なる恋愛だけじゃなかった。

孤独。

承認欲求。

寂しさ。

確認作業。

「まだ自分は誰かに必要とされるのか」

そういう感情も、
かなり混ざっていた気がする。

特に、
夜。

疲れて帰宅して、
静かな部屋にいると、
つい開いてしまう。

スマホを。

アプリを。

誰かから通知が来ていないか、
確認してしまう。

若い頃より、「疲れ」が増えていった

でも、
50歳くらいになると、
少し変わった。

まず、
疲れる。

かなり。

やり取り自体が。

最初の挨拶。

距離感。

警戒。

駆け引き。

返信タイミング。

全部、
少し疲れるようになった。

若い頃は、
もっと勢いで動けた。

でも、
年齢を重ねると、
人間は“静けさ”を求め始める。

「会いたい」より、「疲れたくない」が勝ち始めた

昔は、
会いたかった。

でも、
50歳くらいになると、
少し違った。

「疲れたくない」

のほうが強くなる日がある。

これはかなりリアルだった。

出会い系って、
期待もする。

でも同時に、
かなり消耗する。

既読スルー。

急なブロック。

温度差。

ドタキャン。

業者。

変な駆け引き。

そういうものに、
少しずつ疲れていく。

でも、全部が無駄だったわけじゃない

ただ、
後悔してるわけではない。

出会い系をやったから、
分かったことも多かった。

人間って孤独なんだな、
とか。

大人でも不安なんだな、
とか。

みんな少し疲れてるんだな、
とか。

あと、
「会うだけで救われる夜」
があることも知った。

恋愛にならなくても。

付き合わなくても。

ただ、
誰かと話すだけで、
少し回復する夜がある。

出会い系をやめた理由は、「卒業」に近い

だから、
やめた理由は、
絶望ではない。

どちらかというと、
“卒業”
に近かった。

たぶん、
昔ほど、
誰かに埋めてもらわなくなった。

孤独にも、
少し慣れた。

ひとり飯も慣れた。

夜も慣れた。

静かな時間にも慣れた。

だから、
自然と開かなくなった。

「恋愛しない」のではなく、「静かに生き始めた」

誤解されやすいけど、
恋愛を否定したわけじゃない。

ただ、
“静かな生き方”
へ少し変わった。

深夜に、
誰かを探し続けるより。

静かな店で、
ゆっくり飯を食べるほうが、
落ち着く日が増えた。

それだけだった。

50代になると、「刺激」より「回復」が大きくなる

若い頃は、
刺激が欲しかった。

ドキドキ。

恋愛。

期待。

非日常。

でも、
50代くらいになると、
回復が大事になる。

安心。

静けさ。

疲れない関係。

無理しない空気。

そういうものを、
人は求め始める。

それでも、たまに思い出す

とはいえ、
たまに思い出す。

深夜のやり取り。

会う前の緊張。

カフェ。

夜の駐車場。

LINE通知。

「今なにしてる?」

あの独特な感じ。

少し危うくて、
少し孤独で、
少し期待していた時間。

あれはあれで、
人生の一部だった気がする。

出会い系をやらなくなっても、人は孤独のまま生きている

結局、
出会い系をやめても、
孤独が完全に消えるわけじゃない。

でも、
孤独との付き合い方が変わる。

若い頃は、
埋めようとしていた。

でも今は、
少し共存している。

孤独な夜もある。

でも、
それでいいか、
と思う日も増えた。

50代になって、少しだけ静かになった

だから最近、
思う。

わたしは50歳くらいになり、
出会い系サイトをしなくなった。

それは、
人生が終わったからじゃない。

少しだけ、
静かな生き方へ変わったからだと思う。

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