中学時代、俺はピアノが苦手で、音楽の評価がなかなか上がらなかった。
そんな俺を見かねて、音楽の先生が「放課後に少し練習していく?」と言ってくれたのが、課外授業の始まりだった。
最初は気乗りしないまま音楽室に向かった。
夕方の音楽室は静かで、廊下のざわめきも聞こえない。
ピアノの蓋を開ける音だけが妙に大きく響いた。
先生は俺の横に座り、鍵盤を押さえる指をやさしく直してくれた。
「ここは力を抜いて、もう少し柔らかくね」
その言い方が丁寧で、子ども扱いでもなく、
どこか“俺を一人の人間として見てくれている”感じがした。
(参考)【不思議な縁】俺はなぜか“ピアノの先生”とよくつながる人生だった。
課外授業は毎週のように続いた。
夕日が差し込む音楽室で、先生の影が少し俺の方に伸びてくる。
先生が弾くデモ演奏は美しくて、同じ曲でも俺が弾くとまったく違う。
なのに先生は、「少しずつ良くなってるよ」と笑ってくれた。
俺は次第に、ピアノよりも先生に会うのが楽しみになっていった。
ある日の課外授業。
俺がなかなか上手く弾けなくて落ち込んでいたら、
先生が横からそっと鍵盤に手を添えてきた。
二人の指が少し触れる。
「ほら、大丈夫。あなたは焦ると音が硬くなるの」
その言葉が、なぜか胸の奥に残った。
(参考)【体験談】中学の音楽の先生と今も続く不思議なご縁|大人になって気づいた優しさ
課外授業が終わるころには、外は薄暗くなっていた。
音楽室を出るとき、先生が
「今日、すごくよかったよ。来週も来られる?」
と聞いてきた。
たったそれだけの言葉なのに、
“また来たい”と強く思った。
今思えば、先生に恋をしていたのかもしれない。
でも、当時の俺はそれを恋だとは気づいていなかった。
ただ、放課後のあの時間が特別で、
先生の横顔がどこか忘れられなかった。
大人になった今も、ピアノの音を聞くたびに思い出すのは、
上手く弾けるようになった達成感よりも、
先生の声と、音楽室の夕日の色だ。
あの課外授業は、
俺の中でひとつの“初恋に近い記憶”として残っている。


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