中学生のころ、俺には誰にも言えない“秘密の悩み”があった。
悩みというより、気持ちの置き場が見つからない、どうにもならない衝動に近かった。
その相手は――音楽の先生だった。
音楽室でピアノを弾く先生の姿は、同年代の女子とはまったく違って見えた。
大人で、落ち着いていて、でもどこか柔らかくて。
音符の説明をするときに前かがみになる動きや、指揮棒でリズムを刻む腕のしなやかさ、
そして、ふとした瞬間に見せる笑顔。
その全部が、俺の中で“特別”になっていった。
思春期特有の感情だったのかもしれない。
けれど、当時の俺はそれが恋なのか、憧れなのかすらわからなかった。
ただ、授業のたびに胸がざわついて、息がうまくできなくなる瞬間があった。
授業が終わり、友達と教室に戻る途中、
先生が音楽室の窓を開けて換気をしている姿が見えると、
意味もなく胸が熱くなった。
そんな自分がなんだか恥ずかしくて、
でも目をそらすことができなかった。
放課後、部活の練習がある日は音楽室の前をあえて通った。
もちろん、ただの偶然を装って。
もし運が良ければ、先生が譜面を整理している姿が少しだけ見える。
その一瞬のために、帰り道のルートを変えた日もあった。
家に帰っても、その余韻が残った。
布団に入ると、先生の笑顔や声が頭の中をぐるぐる回る。
「先生、今日は優しかったな」
「俺、少しは褒められたかな」
そんなことを考えながら、
中学生の俺なりに、どうにもできない感情と向き合っていた。
もちろん、現実には何も起きない。
起きるはずもない。
わかっているのに、心だけが追いつかない。
その矛盾が、さらに悶々とした気持ちを生んでいた。
音楽発表会の前、先生と距離が近くなる瞬間があった。
伴奏の練習中、先生が生徒の肩越しに手を添えてリズムを合わせている。
それを見て、胸がチクリとした。
嫉妬だったのかもしれない。
その感情に自分で驚いた。
今思えば、あれは“初恋”の入り口だった。
中学生という狭い世界の中で、
大人の女性に触れたことで心が一気に揺れ動いた。
恋ではなく憧れ。
憧れではなく恋。
その間で揺れ続ける気持ちが、
当時の俺をずっと悩ませていたのだ。
今では、あの悶々とした日々も笑い話にできる。
けれど、誰かを好きになるときの“最初のドキドキ”は、
あの音楽室で生まれたことだけは確かだ。
出会い系で誰かと関わるようになった今でも、
大人の女性に惹かれるのは、
あの先生が俺の中に残した“初めてのときめき”が影響している気がする。
人生で最初に心をかき乱した相手は、
先生だった。


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