中学生の頃、俺には時々頭に浮かぶ人がいた。
黒いピアノの椅子に座り、背筋を伸ばして鍵盤に指を置く姿。
白いチョークを持ち、五線譜を黒板に描く横顔。
それが、音楽の先生だった。
年齢は30前後。派手ではなく、どちらかといえば落ち着いた雰囲気。
怒ると厳しいけれど、笑うと一気に教室が柔らかくなるような人だった。
発表会前、声が出ず苦戦していた俺に、
「できてるよ。ただ自信がちょっと足りないだけ」
と小さく言ってくれた。
その声の優しさが胸に残り、授業がある火曜と金曜は少しだけ心が浮いた。
家に帰ってからも、ふとした拍子に先生の姿が浮かんだ。
合唱コンクールのリハーサルでピアノを弾く姿。
教室で髪を耳にかける仕草。
怒られた時の鋭い眼差しと、その後に見せるふっとした笑顔。
「もし放課後に二人で話せたら、何を聞こう」
「好きな曲はなんだろう。休日はどんな服を着るのかな」
そんな想像をするだけで、胸がざわついた。
恋だなんて言葉も知らなかったが、今思えばあれは小さな初恋の芽だったのだと思う。
けれど当時は、ただの憧れだと自分に言い聞かせた。
立場も年齢も違う。
好きという気持ちさえ、持ってはいけないような気がした。
卒業式の日、先生から卒業アルバムに短いメッセージをもらった。
「声がきれいでした。大人になっても音楽を好きでいてね。」
その一言を見た時、胸がぎゅっとなった。
嬉しいのに、どこか切ない。
渡せもしなかった想いが、ノートの間に挟まれたまま春風に揺れていた。
高校、大学、社会人。
時が流れるほど、あの記憶は淡くなった。
でも、ふとしたときに思い出す。
喫茶店で流れていたクラシック。
街角で聞いた合唱曲。
鍵盤の匂い、チョークの粉。
全部があの頃の感情を少しだけ蘇らせる。
そして今、出会い系アプリで恋を探すようになった俺は思う。
人を好きになる原点は、あんな風に「ただ想像すること」から始まるのかもしれない。
近づきたいけど近づけない距離、憧れという名のドキドキ。
形にならない気持ちほど、時間が経っても消えない。
音楽の先生はもうどこで何をしているかわからない。
けれど俺の心の中で、彼女は今もピアノを弾き続けている。
淡い旋律のように、青春の片隅で静かに響いている。
あの頃の想像があったから、今の俺は誰かに惹かれたとき、もう逃げずに向き合ってみようと思える。
恋愛は、はっきり言葉になる前から始まっている。
たとえ子どもの憧れでも、それは確かに「恋の入口」だった。


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