【実体験】中学の音楽の先生と社会人になって紅葉デートした話

口コミ・体験談

大人になると、ふとした瞬間に「昔の人」が思い出の中から浮かび上がってくることがある。
 俺にとってその一人が、中学時代の音楽の先生だった。優しくて、でも少しだけ大人びた雰囲気のある女性。授業のあとにピアノの前で話をしてくれたり、文化祭の合唱コンクールの練習で遅くまで付き合ってくれたり、何気ない一つひとつが俺の心に残っていた。

 社会人になって数年が経った頃。
 たまたま地元の駅で、その先生と再会した。お互い最初は気づかず、目が合って一瞬固まって、それから懐かしさが一気に溢れるように笑顔になった。
 「え、久しぶり!元気だった?」
 そこからの会話は自然だった。まるで中学のころの延長線に戻ったようで、時間の隙間がゆっくり埋まっていく感覚があった。

 その流れで、「今度、紅葉見に行かない?」と先生が軽く言ってくれた。
 正直、心臓が跳ねた。
 俺は社会人。先生は大人の女性。
 立場はもう“先生と生徒”じゃない。
 それが少しだけ嬉しかった。

 約束した休日、落ち葉が舞う公園で待ち合わせをした。
 先生はコートにマフラーを巻いていて、中学の頃よりも落ち着いた雰囲気で、だけど柔らかい笑顔はあの頃と変わらなかった。
 「紅葉、今年すごく綺麗みたいよ」
 そう言って並んで歩き出した。

 黄色と赤が混ざる並木道。光に透ける葉っぱ。ゆっくり歩きながら、近況や仕事のこと、昔の話も自然と出てきた。
 先生は「あなた、話し方変わったね。大人になった感じ」と笑った。
 その一言が妙にくすぐったくて、心の奥が温かくなった。

 ベンチに座って温かいココアを飲んだとき、先生がふと真剣な表情で言った。
 「中学の頃、あなたはすごく一生懸命だったよ。…実はね、応援したいって気持ち以上に、あなたのことを特別に見てた部分もあったの」
 その言葉は、落ち葉の音が消えるくらい静かに、でも強く響いた。

 俺は何も言えなかった。
 あの時の自分には分からなかった“特別”の意味を、今ようやく理解した気がした。

 けれど、先生はすぐに優しく笑って続けた。
 「でもね、今はあなたの人生が進んでいるし、私も私で生きてる。今日会えてよかったよ。懐かしい気持ちになれた」
 その言葉には、大人の距離と優しさがあった。

 夕暮れの帰り道、風が少し冷たくなってきたころ、駅前で別れた。
 「また、どこかでね」
 そう言って手を振る先生の姿が、紅葉よりも記憶に残った。

 恋という形ではなかったけれど、
 あの日の紅葉デートは、過去と現在が静かに重なった特別な時間だった。

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