マリッシュでマッチした彼女は、最初のメッセージから丁寧だった。
プロフィールには「ピアノ講師」とだけ書かれていたけれど、話してみるととても落ち着いていて、どこか知的な雰囲気がある女性だった。
初デートは中野。
駅前のカフェで向かい合った瞬間、僕はすぐ「この人とは長く話せる」と感じた。
ピアノの話をしているときの彼女の表情は柔らかく、音楽で育てた空気感がそのまま人柄に出ているようだった。
ところが、会話が進むほどに、彼女にはもう一つの顔があることが分かってきた。
「実は…今、Linuxの資格試験も勉強してるんです」
僕は思わず聞き返した。
ピアノ講師がLinux? まさかの組み合わせだった。
彼女は笑いながら、鍵盤の上に指を乗せる姿を想像させるような所作で、コーヒーカップを軽く持ち上げた。
「子どもたちにピアノを教えるのは好きだけど、もう一つ、ちゃんと“自分の武器”も持ちたいんです」
その言葉に、なぜか胸が熱くなった。
大人になると、恋も仕事も、ただ流れに乗るだけではいられない。
何かを選び、何かを諦め、そしてまた何かを掴みにいかなければならない。
彼女はその途中にいる人だった。
僕は少し勇気を出して聞いてみた。
「じゃあ、次のデートは勉強の息抜きに……また中野でどう?」
彼女はほんの一秒だけ考え、それから笑って頷いた。
「試験が落ち着いたら、ぜひ」
その「落ち着いたら」が、どれくらいの時間を意味するのかは、まだ分からない。
だけど、彼女の“挑戦している姿勢”が、僕の心には妙に刺さった。
音楽の世界で生きてきた彼女が、コマンドラインと格闘している姿を想像すると、不思議と応援したくなる。
ピアノとLinux。
全く違うように見えて、どちらも積み重ねた努力が音に出たり、結果として返ってくる世界だ。
大人の恋愛は、タイミングがすべてだと言われる。
彼女の試験と僕の気持ち。その二つが同じラインに並ぶ日は来るのだろうか。
メッセージを送りたい衝動を抑えながら、スマホの画面を見つめる夜が続く。
でも今は、彼女の頑張りを邪魔しない距離で見守る自分でいたい。
彼女がLinuxに合格した日。
次のデートの約束を取りに行く。
その未来を、少しだけ信じている。


コメント