【2歳の頃】22歳の従姉妹に連れていかれた初めてのドライブ。小さな”特別扱い”の記憶

口コミ・体験談

私が2歳の時、22歳の従姉妹・みさきさんに連れられてドライブに行った。
もちろん当時の私は記憶が曖昧で、風景も細部も覚えていない。
ただ、家族のアルバムに残っている写真と、親やみさきさんが話してくれた思い出話を聞くたび、「特別な日だった」と胸の中にふわっと温度が灯る。

チャイルドシートに座らされた小さな私と、ドライバー席のみさきさん。
助手席には私のために小さなぬいぐるみが置かれ、「今日は私が相棒ね」と笑ったという。
2歳の私は意味も分からず、ただ嬉しそうに手を叩いていたらしい。

行先は近くの湖だった。
まだ言葉もはっきり出ない頃の私に、みさきさんはゆっくり話しかけた。

「風、気持ちいいね。今日はふたりでプチ冒険だよ。」

その言葉を聞くたび、私は胸がじんと温かくなる。
小さな子どもにとって、大人が自分に向ける一対一の時間は特別だ。
写真の中の私は、太陽の光に照らされて満面の笑みを浮かべている。
まるで恋人とデートしているみたいな構図。でもそれは恋ではなく、大切に包まれた記憶

湖畔でジュースを飲んだり、パンの欠片を鳥にあげたり、後から話を聞くとほんの数時間の出来事だったらしい。
けれど親戚の中では今も語り継がれている。
「あなた、あの日ずっとみさきにくっついて離れなかったのよ」と母は笑う。
あの時の写真は、いつ見ても安心を思い出させてくれる。

そして大人になった今。
振り返ると、あれはただのドライブではなく、

「自分が大切にされた」という最初の成功体験

だったのだと気づく。
人は幼い頃の記憶で、愛し方も愛され方も無意識に学んでいく。
だから私は、誰かと向き合う時に「安心できる距離」を探してしまう。
派手な言葉より、隣で静かに寄り添う空気に惹かれる。
それはきっと、あの日の湖畔でみさきさんが見せてくれた優しさの続き。

出会い系でもそうだ。
会話が盛り上がるより、「この人とならゆっくり歩けそう」と思えるかどうか。
すごい経歴より、飲み物を渡してくれる手の温度の方が信じられる。
恋はきらめきよりも、安心から始まると私は思っている。

2歳の私には分からなかったけれど、
あの日、世界は少しだけ優しく見えた。
今でも恋に迷ったとき、写真の中のみさきさんを見ると肩の力が抜ける。

愛された経験は、人に優しくなれる根っこになる。

湖の風みたいに、静かであたたかい記憶だ。

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