8歳の頃、夏休みに親戚の家へ泊まりに行ったときのことだ。
俺には4つ年上の従姉妹がいて、12歳の彼女は優しく、同時にちょっと大人びていた。背が高くて、髪は肩までで、笑うと白い歯が見える。その姿が子供の俺には眩しく感じていた。
夕方、みんながスイカを食べ終わる頃、彼女が俺の腕を掴んで「秘密基地作ろうよ」と言った。庭の物置を基地にするらしい。俺は嬉しかった。けど、物置の暗さと、彼女の引っ張る勢いに少しだけ怖さも感じていた。
扉が閉まり、ほこりの匂いと夏の湿気が漂う中、彼女は懐中電灯の光で俺の顔を照らした。
「お化けが出るかもしれないよ」
そう言ってふざけて近づいてきた。
怖い。でも嫌じゃない。でもドキドキして落ち着かない。
その複雑な感情に耐えられなくなった俺は、思わず走って逃げた。庭を全力で飛び出し、家の縁側まで泣きながら戻った。
従姉妹は追いかけてこなかった。
後から母に「どうしたの?」と聞かれたが、うまく説明できなかった。怖かった、としか言えなかった。
でも本当は、彼女の瞳の近さと体温の距離が、幼い俺には刺激が強すぎたのだ。
人に近づかれること。見つめられること。
それが怖くて、けどどこか嬉しかった。
大人になった今ならわかる。
あれは「初めての異性として意識した瞬間」だったのかもしれない。
恋と呼べるほど深いものじゃないけど、心に残るざわざわした感情。その原型はあの夏に生まれた。
出会い系で女性と会うようになってから、時々思い出す。
逃げずに、向き合ったり、話したり、気持ちを伝える大切さを。
子供の頃は逃げるしかなかったけど、大人になった俺には選択肢がある。
誰かを好きになったら、逃げるか、一歩近づくか。
行動で未来は変わる。
もしあの時、俺が逃げずに彼女と話していたらどうなっていただろう。
秘密基地で笑い合って、もっと仲良くなっていたかもしれない。
そんな「もしも」を思い浮かべると、少しだけ胸が温かくなる。
あの夏の夕暮れ、逃げた俺。
でも後悔はしていない。
あの経験があるから、今は向き合おうと思えるからだ。
出会い系での恋も、現実の恋も、結局は「一歩の勇気」だと気づけた。
――8歳の俺は逃げた。
でも今の俺は逃げない。
あの夏の続きは、大人になった俺が自分の人生で書き足していく。


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