大学生の頃、俺には今でも鮮明に思い出す人がいる。従兄弟の嫁さん。俺より20歳上、大人の余裕と優しさがあって、親戚の集まりではいつも周囲を明るくしていた。年齢なんて当時の俺には関係なくて、ただ「この人と話す時間が心地良い」と思っていた。そんなある日、彼女から「今度、外でバーベキューでも行かん?」と誘われた。軽い気持ちのはずなのに、心がざわついたのを覚えている。
その日、海沿いのキャンプ場に集合した。春の風が心地よくて、炭の匂い、海の塩気、鳥の鳴き声。その全部がやけに鮮明だった。彼女は慣れた手つきで火を起こし、俺は言われるまま食材を切った。「野菜は大きめの方が美味しいよ」と笑いながら指導される。俺は包丁がぎこちなくて、彼女に手を添えられた瞬間、心臓がどくっと脈を打った。ほんの一瞬なのに、時間がゆっくり流れる感覚があった。
焼き上がった肉や野菜を頬張りながら、彼女は昔の仕事の話、結婚した頃の思い出、失敗したキャンプの武勇伝を楽しそうに話してくれた。大人の女性の人生は、俺の世界よりずっと広い。恋の相談に乗ってもらううち、俺は「こんな落ち着いた人と一緒にいたら、毎日はもっと穏やかなんだろう」と勝手に想像した。でもそれはただの憧れだったのかもしれない。
昼過ぎ、浜辺に椅子を出してコーヒーを淹れた。湯気と潮風が混ざり合って、胸の奥がふわっと温かくなる。彼女は海を見ながら「若い頃って、不安もいっぱいやんな。でも失敗しても全部思い出になるよ」と言った。その言葉が妙に心に残った。俺は、目の前の女性が20歳上で、従兄弟の嫁で、俺の手の届かない場所にいる人なんだと改めて気づいた。
日が傾くころ、片付けを終え、帰りの車では好きな映画の話で盛り上がった。助手席で笑う彼女は年齢なんて関係ないくらい魅力的で、でも確かに大人だった。信号待ちの瞬間、ふとこちらを見て「今日、来てくれてありがとう」と微笑んだ。その表情に胸が締め付けられた。手を伸ばせば触れられたかもしれない。でも俺は触れなかった。触れちゃいけない気がした。
家の前で別れ際、「また行こな」と言ってくれた。でも二人きりのアウトドアはその一度きりだった。俺が勝手に距離を意識してしまったのかもしれないし、彼女にも守るべき生活があったのだと思う。
今振り返ると、あの日の時間は恋ではないのに甘く、距離があるからこそ綺麗に残っている。出会い系で年上女性と仲良くなった人なら分かるかもしれないけど、恋情と尊敬と憧れは紙一重だ。踏み込めば壊れる関係もある。俺はその境界線の手前で立ち止まった。
20歳上の女性とアウトドアを楽しんだあの日は、俺にとって「大人の距離感」を教えてくれた忘れられない記憶だ。焦げた肉の匂い、海風、コーヒーの苦味。全部が若かった俺を包んでくれた。
そして今も思う。あの時間が恋じゃなくてよかったと。綺麗なまま残っているからこそ、胸に温度がある。


コメント