中学生の頃、音楽の先生は特別な存在だった。
授業中にピアノを弾く先生の横顔が好きで、放課後に残って部活の準備をしているときも、どこかで先生の声を探していた。
子どもだった俺には、それが恋なのか憧れなのかはわからなかった。
月日が流れ、大人になったある日。
地元のイベントで偶然先生に再会した。
昔と変わらない柔らかい笑顔で、「久しぶりだね」と声をかけられた瞬間、胸の奥がふっと熱くなった。
話しているうちに、互いにアウトドアが好きだという話題になり、
「じゃあ今度、一緒に行ってみる?」
という流れで、気づけば赤城山へ向かう約束をしていた。
当日、先生はアウトドアウェアに身を包んでいて、
学校で見ていた“先生”とは全く違う雰囲気だった。
自然体で、年上の女性としての魅力があった。
赤城山の空気は澄んでいて、車を止めて歩き出すと、木々の匂いと風の音だけが聞こえた。
隣を歩く先生との距離が近くて、少し緊張した。
先生も同じなのか、何度か俺の方を見て笑っていた。
休憩ポイントに着くと、先生が手作りのサンドイッチを取り出してくれた。
「昔、部活のときよく食べてたよね」と笑われ、俺も思わず照れた。
まるで時間が戻ったようで、でも同時に、完全に“あの頃とは違う二人”だった。
話の流れで、中学時代のことを振り返った。
先生は「あの頃、あなたはよく音楽室に残ってたよね。真面目だったよ」と言った。
その言い方が優しすぎて、胸がしめつけられた。
帰り道、夕日が赤城山を染めていた。
歩幅が自然に揃い、言葉が少なくても心地よかった。
恋なのか、ただの思い出なのか——その境界線は曖昧なまま。
でも確かに、大人になった俺と先生は、その日だけは“先生と生徒”ではなかった。
ただの男女として、同じ景色を見ていた。
あの日のことは、いまでも心のどこかにしまってある。
忘れられない思い出として。


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