高校時代、部活の中でひときわ頼りになる存在がいた。五つ年上の先輩だ。社会人として働きながら、時間が合う日は指導を手伝いに来てくれる。その落ち着いた雰囲気と、周りをよく見てくれる優しさに、当時の俺は強い憧れを抱いていた。
部活帰り、たまたま遅くまで残って片付けをしていると、その先輩が「送っていこうか?」と声をかけてくれた。大きな意味があったわけではないと思う。ただ、安全のために気を遣ってくれただけ。でも、当時の俺には特別な出来事に感じられた。
その日を境に、俺と先輩は少しずつ距離が縮まっていった。といっても、一般的な男女の関係ではなく、どちらかと言えば「人生の兄貴分」というほうが近い。勉強のこと、将来のこと、悩みを打ち明けると、先輩はいつも真剣に聞いてくれた。
ある日、先輩が「あんまり無理するなよ」と言って、帰り道の公園で缶ジュースを渡してくれた。夜風が少し冷たい時期で、静かな住宅街にふたりの話し声だけが響いていた。その瞬間が、当時の俺には“内緒ごと”のように思えた。周りの友達には絶対に話せない、特別な関係に感じられたのだ。
けれど今振り返ると、先輩はあくまで「悩んでいる後輩を放っておけない」という気持ちだったのだと思う。俺だけが勝手に特別視していただけで、先輩は大人として距離を保ちながら接してくれていた。その優しさが、当時の俺には少しだけ刺激的で、“秘密”に思えただけなのだ。
とはいえ、この体験は大きな意味を持った。年上の人と話す時の距離感、人に甘えすぎない姿勢、自分の感情を整理すること。今になって気づくが、先輩との時間は俺の人間関係の基礎を作ってくれた。
社会人になった今、同じように年下に相談されることがある。そんな時、ふと先輩の言葉を思い出す。「無理するなよ」「ちゃんと寝てるか?」。自分もあの頃の先輩のように、相手の成長を願える大人になれているだろうか。
当時は“内緒の関係”と感じていたけれど、あれはただの“静かな優しさ”だったのだと思う。恋愛ではない。けれど、大切な記憶として心に残り続けている。


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