小さい頃の記憶というのは、大人になってから思い出すと意外な意味を持つことがある。
俺が5歳のときの話だ。まだ身長も小さく、世界が全部大きく見えていた頃。同じ地域に住んでいた4つ上の従姉妹は、明るくて元気で、ちょっとした姉のような存在だった。遊びに行くといつも構ってくれて、俺にとっては特別な“大人”だった。
ある夏の日。
家の裏の山に続く細い道を、一人で歩いていた。子ども特有の冒険心で、行き先も決めずにフラフラと山のほうへ向かっていく。虫の声と土の匂い、背の高い草が風に揺れて、どこか秘密基地の入り口のように見えた。
しばらく歩いていると、後ろから誰かが走ってくる音がした。
「ちょっと待って!どこ行くの!?」
振り返ると、息を切らしながら従姉妹が全力で追いかけてきていた。
その勢いに驚いて、思わず俺も走り出した。
まるで鬼ごっこみたいだったけれど、従姉妹の表情は少し真剣だった。
山の入口あたりで捕まった俺は、彼女に腕を掴まれてこう言われた。
「ダメだよ、こんなところ一人で行っちゃ。危ないんだから。」
5歳の俺には「危ない」という言葉の意味はよく分かっていなかったけれど、従姉妹の声の震えだけは覚えている。
怒っているようで、でもどこか心配が混じったような優しい声だった。
従姉妹はしばらく俺の頭を撫でて、「もう、びっくりさせないでよ」と笑った。
その時の笑顔が、風景と一緒に鮮明に残っている。
今思えば、彼女はまだ9歳か10歳。それでも5歳の俺を必死で守ろうとしてくれていた。
山道を走って追いかけてきたあの姿は、子どもながらに大人っぽく見えた。
小さな肩を上下させながら息を整える彼女の姿に、言葉にはできない安心感を感じたのを覚えている。
大人になった今、あの日の意味が少し分かる。
従姉妹は、俺のことを「弟みたいに守らなきゃ」と思ってくれていたのだろう。
ただの遊び相手じゃなく、ちゃんと気にかけてくれる存在だった。
時間が経ち、それぞれの生活は変わってしまったし、昔のように毎日会うわけでもない。それでも、あの日の山の匂いと従姉妹の声を思い出すと、胸の奥がじんわり温かくなる。
大人になった俺は、恋愛の悩みも、仕事のストレスも抱えるようになった。
でもふと思う。「あの従姉妹のように、誰かを守ろうと本気で思える瞬間って、きっと人生で何度も訪れるんだ」と。
あの日、山の上まで追いかけてくれた従姉妹の姿は、今でも俺の中で特別だ。
恋愛ではなかったけれど、
“誰かに大切にされた記憶”は、その後の自分の恋愛観にも強く影響する。
優しさを受け取った記憶は、大人になっても消えない。
だからこそ俺は、誰かに優しくできる人間でありたいと思う。


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