中学生の頃、僕はずっと音楽室が好きだった。昼休みでも放課後でも、理由をつけては鍵盤に触っていた気がする。そこにいたのが、音楽の先生。優しい目をした女性で、怒るときは静かに、でも真剣に向き合ってくれた。僕にとって「大人の女性」の原型は間違いなく彼女だった。
卒業してしばらくは会う機会もなかった。でも年月が流れ、高校、大学、社会人と節目を迎えるたび、ふと思い返すのは先生の言葉だった。
「音楽って、相手を理解する練習でもあるよ」
あの言葉は、恋愛にも人間関係全てに当てはまる。返信が来ない日に焦るのも、好意を探る駆け引きも、結局は「相手の音を聴けているか」。そんな視点を僕にくれた最初の大人だった。
社会人になってから、偶然街で先生を見かけたことがある。昔のままの優しい笑顔だった。勇気を出して声をかけると、意外なほど自然に会話が始まった。そこから、ごくたまに近況を送り合うようになった。あくまで礼儀ある距離だけど、不思議と温度がある関係。
数年後、僕が好きな女性と失恋したとき、先生に誰とも言わず相談メールを送った。返信は短く、でも深かった。
「好きだった気持ちは間違いじゃないよ。それはあなたが誰かを大事にした証拠」
その一文だけで救われた夜がある。恋愛は勝ち負けじゃなく、経験が人を優しくする。先生はそれを知っている大人だった。
今、出会い系で色んな女性と会う。一度きりの人もいれば、何度もメッセージが続く人もいる。可愛い人、気さくな人、少しクセのある人。だけど僕が惹かれるタイプを辿ると、いつも先生の影がある。柔らかな声、丁寧な言葉、相手を急がせない雰囲気。
恋愛に疲れた夜、ふと音楽室の匂いを思い出す。雨の日にピアノの音が遠くで響いていたあの時間。
もしかすると僕は、恋愛そのものより「安心できる女性との対話」を求めているのかもしれない。
先生とは恋愛関係ではないし、越えてはいけない線も分かっている。でも「人生を通じて続いているご縁」というのは、出会い系ではなかなか得難い。恋愛は一瞬の花火だが、ご縁は静かな灯りのように続いていく。
今日も新しい出会いを探しながら、時々あの言葉を思い出す。
――相手の音を聴けているか?
その問いが、僕の恋のリズムを整えてくれている。


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