【8歳の入院】夜中にお母さんから従姉妹へ交代。支えてくれる人が変わった瞬間の記憶

恋愛心理

私は8歳の冬、扁桃腺が腫れ、熱が40度近くまで上がって数日入院した。水を飲むだけで喉が焼けるように痛み、喉の奥は真っ赤に腫れていたらしい。学校も行けず、友達の声の代わりに、病室の機械音と点滴の規則的な音だけが響いていた。

最初の夜は母が横にいてくれた。手を握ってくれるだけで安心した。けれど仕事の都合で、翌日の夜は付き添いを続けられなかった。
看護師さんが言った。「今夜は別の家族の方が来てくれるそうですよ。」
誰が来るのか知らず、不安で胸がぎゅっとなった。

夕方、面会時間ギリギリに現れたのは、28歳の従姉妹・ゆきさんだった。普段は落ち着いた雰囲気の人で、優しい笑顔が印象的。
「今日、泊まっていいって許可もらったよ。」
そう言って私の頭を撫でると、バッグからいちご味のゼリーと絵本を出してくれた。母が帰る背中を見ると少し泣きそうになったが、ゆきさんの声は不思議と心を落ち着かせた。

夜中、病室は暗くて静か。遠くで子どもの泣き声が聞こえる。天井のライトだけがぼんやり光り、影が長く伸びる。熱でうなされて目が覚めると、ゆきさんは椅子で本を読みながら起きていた。
「起きた?喉、痛む?お水飲む?」
小さな声でそう聞かれ、私は首を縦に振った。ストローで少しだけ水を飲むと、喉がじんわり痛い。でも大人がそばにいる安心感の方が強かった。

ゆきさんは、自分の布団をベッドの横に敷き、寝る前に一つ話をしてくれた。
「大丈夫。明日また良くなるよ。ゆっくり寝ててね。」
その一言で涙がこぼれた。母とは違う距離感だけど、寄り添う優しさがあった。
「お母さんじゃなくても、安心できる人っているんだ」
幼いながらそう思ったのを覚えている。

退院して何年も経ち、恋をしたり人と関係を築くようになると気付いたことがある。
私が惹かれるのは派手な言動や刺激よりも、夜の病室でそっと手を握ってくれたゆきさんのような人。
静かに寄り添ってくれる穏やかな優しさに弱い。

出会い系でも同じだ。
メッセージが小まめでなくてもいい、派手な言葉がなくてもいい。
ふとした時に「大丈夫?」と気にかけてくれる人を信じられる。

あの夜、相棒が母から従姉妹へ変わったように、人生の中でも支えてくれる人は変わる。
でも大事なのは「誰が来たか」より「どう接してくれたか」なのだと思う。

小さな病室で学んだこと。
安心は、愛の一つのかたち。
そして私は今も、その温度を探している。

コメント

タイトルとURLをコピーしました