【入院8歳】扁桃腺で苦しかった夜、28歳の従姉妹が泊まってくれた日

恋愛心理

私が8歳の時、扁桃腺の腫れがひどく、高熱で学校を数日休んだ。声を出すのも痛くて、水を飲むだけで泣きそうになった。医者に「入院したほうが安心ですね」と言われた時、幼い私はただ怖いと感じた。

大部屋の白い天井、点滴の機械音、知らない子どもたちの泣き声。夜になると、病院は急に静まり返り、心細さが倍になる。母も父も仕事があり、面会は夕方まで。看護師さんは優しかったが、家族とは違う。夜が近づくほど、不安で胸がぎゅっと縮んだ。

そんな時、扉が静かに開き、従姉妹のあかねさんが入ってきた。28歳。社会人で忙しいはずなのに、「今日は泊まっていいって許可もらったよ」と笑って言った。私の好きなキャラのハンカチと、冷たいゼリーを差し入れに持ってきてくれた。

それだけで涙が出るほど安心した。

ベッドの横に簡易ベッドを作り、あかねさんはそこに座って話してくれた。
大学時代の話、仕事の大変さ、好きな音楽のこと。8歳の私には難しい話もあったが、声は柔らかく、病室が少しだけ家のように感じた。

「痛かったら手を握っていいよ」
そう言われて、私はそっと手を伸ばした。冷えた指先が触れた瞬間、緊張がふっと抜けた。

夜、点滴の音を聞きながら眠れずにいると、あかねさんが本を読み聞かせてくれた。
青い表紙の童話。文章よりも、声の優しさの方が心に残っている。
眠りに落ちる直前のあの安心感は、今も鮮明に覚えている。

翌朝、熱は少し落ち着き、喉の痛みも弱まっていた。医師の回診の後、あかねさんは「今日もいるからね」と微笑んだ。あの一言の温かさは、8歳の私にとって世界を明るくする魔法だった。

退院の日、あかねさんは言った。
「大人になると大変なこともあるけど、人に優しくできたら大丈夫。」

その言葉が、なぜか胸に残った。
歳を重ね、今こうして人と関わるサービスを作ったり、出会いの中で人と向き合うとき、無意識に思い出すことがある。

「安心できる相手」
それが私にとって、人を好きになる時の基準だと気づいた。

派手な恋のきっかけじゃなくて、弱った日にそばにいてくれる人。
声より温度で伝わる優しさ。
あの病室の夜が、私の価値観を形作った。

もしこの記事を読む誰かが、誰かのそばで寄り添う役目になる日が来たら、そっと手を差し伸べてほしい。
言葉じゃなくても、そばにいるだけで救われることがある。

あかねさんがしてくれたように。
あの8歳の冬の夜のように。

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