──歴史の話題で距離が近づいた、あの日のこと
2024年の冬、私は彼女と新宿御苑を散歩した。まだ付き合っていたわけではない。メッセージを重ね、ようやく都合が合った初めてのデート。緊張しながらも、楽しみの方が大きかった。入り口の券売機の前で「どっちが買う?」と軽く笑い合った瞬間、少しだけ距離が縮まった気がした。
園内に入ると、都心とは思えない静けさに包まれる。松の枝、池の反射、ゆっくりと歩く人たち。自然と会話は柔らかくなり、私はふいに歴史の話題を口にした。「ここ、元は徳川家の庭だったんだよ。信濃高遠藩の下屋敷だったらしい。」普段ならスルーされてもおかしくない豆知識だが、彼女は思いのほか興味を示した。「え、そうなの?知らなかった!」と目を丸くした。そこから会話は一気に広がった。
徳川幕府が終わり、明治に入ると軍用地、その後は皇室の庭園になった話。戦後は国民公園として開かれたこと。彼女は何度もうなずきながら聞いてくれた。「歴史って面白いね。知らない背景を知ると景色が違って見える」と言ってくれた言葉が、今でも忘れられない。
休憩所でホットコーヒーを飲みながら、ふと見ると彼女のマフラーに小さな雪が乗っていた。近づいて取ろうとしたが、やめた。まだ触れていい距離じゃないと思った。でも、あの数秒の迷いさえ、今思い返せば愛おしい。
帰り道、私はLINEで「今日は楽しかった」と送った。既読はすぐについた。返信も短かったが、温度を感じた。「また行こうね」と続けてくれたその一文が、胸の奥に火を灯した。
恋は歴史と似ている。積み重ねがなければ物語は形にならない。派手じゃなくても、小さな会話の積み重ねが距離を縮める。あの日、新宿御苑で徳川幕府の話をしなければ、彼女との間の流れは違ったかもしれない。
今も新宿御苑を通ると、あの冬の空気と彼女の笑顔を思い出す。恋が成就したかどうかは、まだ未来のページの途中。ただ一つ言えるのは、歴史の話がきっかけで心が近づいた経験は、私にとって何よりの宝物だということだ。


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