2020年代の冬、新宿御苑での初デート。あの日の空気は、少しひんやりとしていて、でも緊張と期待が入り混じった温度が、私の胸の中には確かにあった。待ち合わせ場所は「大木戸門」。土曜日だから人は多く、園内に入るまでに少し時間もかかった。目の前を通り過ぎるカップルを見て「自分にも、こんな未来が続いて欲しいな」とぼんやり思ったのを覚えている。
園内に入り、紅葉シーズンでまだ色づいた葉が残っていた頃。歩きながら、互いの趣味や好きな食べ物、仕事の話を少しずつ。初対面ほどよそよそしくはない、でも恋人という距離にもまだ程遠い、あの絶妙な距離感が懐かしい。
少し歩いて中の池の前のベンチに腰を下ろした。そこで約30分くらい、ゆっくり会話した。テーマは主に趣味。私は映画と散歩が好きだと話し、彼女はカフェ巡りと旅行の話で目を輝かせた。相手が好きなことを語っている時の表情って、なんであんなに魅力的に見えるんだろう。距離が縮まる瞬間というのは、特別な言葉ではなく、相手の「好き」を知る会話にこそある気がする。
ただ、正直なところ、私は手を繋ぐタイミングを少し探していた。ベンチに座った時、隣との距離は拳一つ分。でも手は出せなかった。なぜかと言えば、「嫌われたらどうしよう」「まだ早いかな」という不安の方が勝ってしまったから。恋愛って、年齢を重ねても臆病さは消えないものだと実感した瞬間。
でも、不思議と後悔はなかった。自然な会話が続き、笑顔があり、沈黙も怖くなかった。むしろ「ああ、このままゆっくりでいい」と思えたのが大きかった。恋は急がなくてもいい。無理に一歩踏み出すより、その日の空気を大切に味わえたことが嬉しかった。
デート後、帰り道の新宿駅まで並んで歩いた。その時少しだけ肩が触れた。ほんの一瞬。でも、その小さな接触が心に残った。恋愛は大イベントより、こういう微細な記憶の積み重ねで深くなるんじゃないかと感じた。
出会い系アプリで知り合っても、リアルで会うと一気に相手が「画面の向こうの人」から「同じ温度の世界で息をしてる人」になる。プロフィールの文字より、生の声や表情の方が何倍も伝わってくる。
もしこれを読む誰かが、初デートで手を繋ぐべきか迷っているなら、私はこう言いたい。
タイミングは探すものじゃなく、自然に訪れるものだと。焦らず、相手の呼吸と目の動き、言葉のリズムを感じる余裕を持つ。大切なのはスピードではなく、心の距離。
新宿御苑の池の前のベンチで過ごした30分は、今でも温かい思い出だ。
あの日の空気が好きだった。
そして、ゆっくり進む恋も悪くないと思えた日だった。


コメント